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高松高等裁判所 昭和59年(く)21号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件即時抗告の趣意は、被請求人及び代理人各作成名義の即時抗告申立書に記載のとおり(なお、被請求人の最高裁判所昭和二八年六月一〇日決定に違反する、との主張は、同人作成名義の昭和五九年九月一四日付上申書で撤回されている。)であるから、ここにこれらを引用する。なお、被請求人作成名義の昭和五九年九月一四日付上申書及び補充書、代理人作成名義の同月一八日付上申書と各題する書面を職権調査の対象とした。

二  よつて検討するに、刑法二六条二号は、執行猶予の言渡(以下「執行猶予判決」という。)前に犯した他の罪(いわゆる余罪)について禁錮以上の実刑に処する判決(以下、「実刑判決」という。)が確定したときに、余罪の「実刑判決」の確定したという事実ただそれだけで、執行猶予の必要的取消事由になると定めているのであつて、右「実刑判決」が、その本刑全部に満つるまで未決勾留日数の裁定算入・法定通算がなされ同判決確定後に現実に刑の執行をなし得る余地がないようなものであつても、執行猶予の必要的取消事由となることにおいて差異はない、と解せられる。

蓋し、右「執行猶予判決」の罪と「実刑判決」の罪とは併合罪関係にあり、両者が刑法四五条前段の併合罪として同時審判される場合には、禁錮以上の刑が選択される限り単一の刑が言渡されるという法制度になつているのであつて、その中の「実刑判決」の罪について実刑判決相当であるとの判断が下されその裁判が確定したという事実に基づき考察すれば、同時審判の場合においても執行猶予の言渡はなかつたろうと考えられるし、「実刑判決」の確定した後に、「執行猶予」判決の罪が同法四五条後段の併合罪として裁判される場合においても、懲役又は禁錮の刑が選択される限り同法二五条一項二号所定の期間内は、執行猶予の言渡はできないのであつて、これらの場合との権衡上、法は刑法二六条二号所定のいわゆる余罪について「実刑判決」があり確定すれば、余罪の「実刑判決」の確定という事実ただそれだけで、その前になされた「執行猶予判決」に関してももはやその執行猶予を継続するにふさわしくない事由が存在するに至つたものとして執行猶予を取消すのが相当で、されば右事由を執行猶予の取消事由、しかも必要的取消事由と定めたものと考えられ、従つてその「実刑判決」が本刑に満つるまで、未決勾留日数の算入通算がなされるというようなものであつても、この余罪の「実刑判決」の確定という事実を執行猶予の取消事由とすべきことにおいて、理を異にすべきものはない、と解せられるからである。もつとも、所論も指摘するように、例えば、「執行猶予判決」後「実刑判決」があり、上訴等の関係で「実刑判決」の方が先に確定するような場合には、執行猶予の取消ができなくなるような場合があり得ると思われるが、寧ろ、これは法の不備とでもいうべき特殊例外的場合であつて、それだからといつて、「実刑判決」が「執行猶予判決」よりも後に確定した場合に、執行猶予を取消してはならない、とするようなものではない、と解せられる。本件において、「実刑判決」である原決定のいう被請求人に対するいわゆる「徳島事件」の判決確定に基づき「執行猶予判決」である被請求人に対するいわゆる「丸亀事件」の執行猶予を取消すのは当然のところ、というべきである。

所論は、名古屋高裁金沢支部昭和三〇年五月一二日、札幌高裁昭和三九年一月一八日各言渡の判決を引用して、本件において執行猶予の取消を認めることは、これらの判例に違反する旨を縷々主張している。

しかしながら、右各判例は、数罪の間に確定裁判が介在し、併合罪関係にない場合、一個の判決主文中で同時に執行猶予と実刑とを言い渡すことができるかどうかの問題に関するもので、本件のように本来併合罪関係にあるものについて、それらが時を異にして別々に言い渡され確定した場合の執行猶予の取消の問題を検討するについては、事案を異にし、適切な判例であるとは認められない。

その他、所論は、本件において、被請求人に執行猶予本来の目的である自力更生が十分に期待し得る事案であり、執行猶予を取消して直ちに刑を執行しなければならない事情は生じていないとか、本件取消がなき場合実刑判決と執行猶予判決が併存したことになるが、本件はそれを問題とすべき事案でない、否、そもそも本件のように実刑判決であろうとも執行を伴わない場合には右のような併存の存しない場合であるとか、として、執行猶予を取消すべきでないと主張するが、そもそも刑法二六条二号による執行猶予の取消が前記のような趣意のものであつて、それはそれで理由のあることであり、余罪の「実刑判決」の確定というただそれだけの事由を必要的取消事由とすると定めている法制度である以上、実定法の解釈として所論には賛同し難く、所論主張のような点の検討をするまでもないところ、というべきである。

更に所論は、「丸亀」「徳島」両事件の刑期は合計五年二月(前者が一年二月・未決通算一二〇日、後者が四年)であるのに、両事件の未決勾留日数は約五年七月の長期に及んでいることによれば、このうえ「丸亀事件」の執行猶予を取り消して、更に一〇月も受刑させる結果となる原決定の措置はいかにも過酷不当であるとか、本件は、同時に審判されていたならば執行猶予或は現実の執行の伴なわない実刑判決の可能性のある場合である、とか、主張するが、同時審判の場合執行猶予の判決があるとは考えられないこと前述のとおりであるばかりか、両事件の刑期と未決勾留日数とが所論のような関係にあるからといつて、それは執行猶予取消の是非とは別個の問題であるから、本所論も理由がない。

原決定は、その立論必らずしも徹底していない憾があるけれども、「徳島」「丸亀」両事件が同時審判された場合に執行猶予判決がなされるとは考えにくいとか、執行猶予を継続するにふさわしくない事由が存在するに至つた場合であるとかとして「丸亀事件」の刑執行猶予を取消しているのは、その結論において正当である、というべきである。

三  その他所論にかんがみ検討してみても、本件執行猶予の言渡を取り消した原決定に違法不当のかどは認められない。

よつて、刑訴法四二六条一項を適用して、主文のとおり決定する。

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